人物福祉

耳と目が不自由なヘレン・ケラー!話すことができた理由

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ヘレン・ケラーさんが、お話しされているのを見ましたが、はっきり話していますよね(^^) ヘレン・ケラーの左手は、サリバン先生の口のあたりに触れており、「鼻」・「唇」・「喉」の動きで、話の内容をとらえています。

ヘレン・ケラーさんは19か月の時、高熱により聴覚と視覚を失いました。
当然、耳だけではなく目も見えませんでしたので、音などの情報が遮断された状態です。そんな状況の中、ヘレン・ケラーさんは口で話すことができたのです。

不思議だと思いませんか?
どうやって、話す技術を身につけたのでしょうか?

これは、ヘレン・ケラーさんが10歳頃のお話です。

ローラ・ブリッジマン(盲ろう者)を教えてたラムソン先生
「ヘレンさん知っていましたか。実はノルウェーにラグンヒルド・カーターちゃんという女の子がいるんだけど、目や耳が聞こえないのに話すことができるんだよ」

ヘレン・ケラーはびっくりします。
「私と同じ境遇なのに、どうやって話す技術を身につけたんですか?」

先生
「その女の子は、先生の唇を触る事で何をいっているのか?を理解し、また話す術を身につけていったのよ~」

ヘレン・ケラーさん
「こ・これだ!私も今すぐ話がしたい(ノ^-^)ノ」

そこで、ホレース・マン聾学校の校長先生に指導をしてもらうのですが、訓練を開始して一時間後には、「M」・「P」・「A」・「S」・「T」・「I」の単語を発する事ができました。

先生の顔に手を触れて、発音時の舌と唇の動きを真似る事で、しゃべれる努力をしたのです。 そして、自分の意志で初めて発した言葉が、「It is warm」(暖かい日)でした。

その後・・・

 

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当時、目や耳が聞こえない人は知能が低いのではないか?このような偏った考えがあったようですが、ヘレン・ケラーは頭がずば抜けてよく、ハーバード大学の女子部にあたる、ラッドクリフ女子大学(アメリカの女子大の中で最も難関)に入学すると、優秀な成績で卒業するのです。

この成績の背景にはサリバン先生の影響がありました。授業の内容を逐一ヘレン・ケラーに伝えるだけに留まらず、わからない単語があればすぐに調べ上げ、献身的なサポートを行っていたのです。また、周りの人には点字で資料を作ってもらい、みんなのサポートに助けられ卒業する事ができました。

大学卒業後、障がい者が集まる国際会議でのスピーチの際、
「皆さんお願いです。目や耳が不自由な子供達の為に手を差し伸べてほしいのです」 と訴えます。

自身のこのスピーチがきっかけとなり、「自分の使命は障がい者を救済する事だ」と気が付き、立ち上がる決意をするのです。

ん?ここで疑問に思ったぞ(*/▽\*) ところで、ヘレン・ケラーっていったい何を行った人物なんだろう?という事で、次のレポートに続きます。

著者 出川 雄一(ツイッター)   障がい者の工賃を高める仕組み(福祉資本主義)を考え、実践しております。主に点字名刺・点字印刷・ハンドメイドなど。障がい者ブランド(ココリティ)の活動も行っています。

 

福祉情報150へ ヘレン・ケラー!いったい何を行ったのですか?

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