先日、勝海舟の生誕の地に行きました。場所は両国公園の敷地の中!上記の動画のように、ちゃんとした碑が立っておりました。近くに小学校があるために、公園周辺はにぎやかでした^^v
勝さんは、7歳までこの場所で暮らしていたのです☆
ヤフー地図から
1868年、西郷隆盛を総大将とした官軍が江戸城めがけて進軍します。 一方、幕府には人材がおらず、適任者として勝海舟に声がかかるのです。官軍と幕府軍。一触即発の状態でしたが、勝海舟が西郷隆盛に発した言葉がこちらとなります。
勝海舟
「官軍が徳川慶喜の命を守り、徳川家に寛大な処分を行うのであれば、我々は抵抗をせず城を明け渡す」
西郷隆盛
「いろいろと難しい議論もありましょうが,私が一身にかけてお引き受けします」
この会談により無血開城が実現!
江戸の住民、150万人の生命と財産が守られました。
画像ではわかりにくいのですが、上の碑をよく見ると、法務大臣西郷吉之助書と記されていおります。そうなんです。碑には、「勝海舟生誕之地」と書かれているのですが、西郷隆盛のお孫さんが書した碑なのです。
面白い演出をするもんだ(ノ^-^)ノ
明治維新の立役者となった勝海舟と西郷隆盛。
敵、味方の間柄を超え、日本の将来を見据えていたからこそ実現できた無血開城。両国へ行ったときは是非ともお立ち寄りくださいね(。・_・。)ノ
著者 出川 雄一(ツイッター) 障がい者の工賃を高める仕組み(福祉資本主義)を考え、実践しております。主に点字名刺・点字印刷・ハンドメイドなど。障がい者ブランド(ココリティ)の活動も行っています。
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